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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)70630号 判決 1971年10月08日

原告 三興精機株式会社

右代表者代表取締役 安藤紀一

右訴訟代理人弁護士 吉原省三

被告 長谷川特殊鋼業株式会社

右代表者代表取締役 長谷川吉三郎

<ほか二名>

右訴訟代理人弁護士 松尾翼

同 篠谷秀剛

主文

被告らは原告に対し各自金三〇〇万円およびこれに対する昭和四五年七月一五日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求の原因

(一)  原告は被告長谷川特殊鋼業株式会社(以下被告会社という)振出しにかかる別紙手形目録一記載の約束手形三通を所持している、原告は右各手形を満期に支払場所に呈示した。

(二)  被告長谷川吉三郎および長谷川俊郎は原告に対し昭和四五年一月二九日被告会社が原告に対して負担すべき一切の債務につき被告会社と連帯して保証する旨約定した。

(三)  よって原告は被告らに対し各自右約束手形金合計三〇〇万円およびこれに対する各手形の満期である昭和四五年七月一五日から完済まで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める。

四  請求の原因に対する答弁

請求原因事実を認める。

五  抗弁

(一)  被告会社は原告振出にかかる別紙手形目録二記載の約束手形四通(額面合計三〇〇万円)を所持している。原告主張の手形目録一記載の約束手形三通は右四通の手形と交換にいわゆる交換手形として被告会社が振出したものであるが、原告も自ら振出した右四通の手形の支払をしていないので、被告会社も支払義務はない。

(二)  仮りに、原告主張の各手形が右のような融通手形であると認められないとしても、被告らは本訴において被告会社の原告に対する右手形金債権をもって、原告の本訴手形金債権と対等額において相殺する。

六  抗弁に対する答弁

手形目録二記載の約束手形四通を原告が振出したこと、被告会社がこれを所持することは認めるが、その振出の原因関係が被告ら主張のような融通手形であることは否認する。

七  再抗弁

被告ら主張の相殺の抗弁は次のような理由により失当である。

(一)  原告は請求原因記載の約束手形のほかにもこれと満期の同じ被告会社振出しにかかる別紙手形目録記載の約束手形三通(額面合計三〇〇万円)を所持している。被告会社の所持する目録二の手形債務に対し、原告は本訴において右目録三の手形金債権をもって相殺する。

ところで、右のように原告が被告会社振出しの約束手形六通を所持し、いずれも金額一〇〇万円、満期昭和四五年七月一五日であって、反対に被告会社は原告に対し三〇〇万円の債権を有しているというような場合、原告としては被告の相殺の指定をまたなければ訴求し得る債権を決定できないものではなく、訴求債権を特定するために必要なのであるから相殺債権を指定する優先権を有するというべきである。

また原告は被告会社が倒産したので、原告が被告会社に対して有していた手形一五通額面合計一、五九〇万円の債権のうち本訴請求にかかる手形目録一の手形三通三〇〇万円についてのみ被告長谷川俊郎所有の不動産に対し仮差押をした。このような場合被告会社が裁判上請求された仮差押の被保全債権をいわば狙いうちに相殺できるとすることは不合理である。何故なら仮差押申請の時点で原告としては自ら目録二の手形を振出したことは知っていても、被告会社が現にこれを所持するかどうかは知り得ないのであるから、あらかじめこれを受動債権として相殺をすることはできず、したがって被告会社が仮りにこれを所持しているとしてもこれと同額以上の同一条件の反対債権を留保している以上、これによる相殺の充当を期待して裁判上の請求を行わざるを得ない。さもなければ前記のような狙いうちにより無駄になることを覚悟で過大な仮差押をしなければ債権の保全ができないこととなり、これは当事者の公平をはかる相殺制度の趣旨にそわず、そのような相殺充当の主張は権利の濫用というべきである。

(二)  仮りに前記のように原告と被告らのそれぞれ主張する相殺が、それぞれ相殺の受動債権の充当について異議がある場合にあたり、その場合には法定充当によるべきであるとするならば、予備的に次のとおり主張する。

原告は前記目録一、三の手形のほか被告会社裏書にかかる別紙手形目録四記載の約束手形二通を所持しており、右各手形はいずれも満期に支払場所に呈示されたが支払を拒絶されたので原告は被告会社に対し右手形金一二〇万円の債権を有する。そこで被告主張の三〇〇万円の相殺債権は、満期の順序にしたがい、まず右一二〇万円に充当されるべきである。残一八〇万円は目録一、三の手形金に各三〇万円づつ充当されることになるから、原告は本訴において目録一の各手形の残金として二一〇万円、目録三の手形のうち1の残金七〇万円と2の残金のうち二〇万円を請求する。

八  再抗弁に対する答弁

原告主張の事実関係はすべて認める。

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁事実中、原告の本訴請求にかかる手形目録一の各手形が被告ら主張のようないわゆる融通手形であることを認むべき証拠はない。

三  そこで被告ら主張の相殺の成否について検討する。

(一)  抗弁ならびに再抗弁として双方の主張する事実関係は当事者間に争いがない。争点は、被告らが被告会社の所持する原告振出の約束手形四通(手形目録二記載)をもって原告の本訴請求手形債権との相殺を主張するのに対し、原告は本訴請求外の被告会社に対する手形債権をもって右被告会社所持の手形債務との相殺を主張する点にある。

(二)  争いのない事実によれば、被告会社は倒産し、原告は被告会社に対しその頃手形一五通額面一、五九〇万円の債権を有していたが、そのうち本訴請求にかかる手形目録一の手形三通額面三〇〇万円の手形債権についてのみ連帯保証人である被告長谷川俊郎所有の不動産を目的として仮差押をしたが、その余の手形債権については保全手続を執らなかった、その保全手続を留保した手形債権のうちには満期が仮差押をした手形より先に既に到来したものが額面で一二〇万円、満期がこれと同じものが額面で三〇〇万円ある、というのである。ところでこのように債権者が同一債務者に対する債権の一部について債権保全手続をとった場合、相手方である債務者が反対債権による相殺を主張するときには、これにより消滅すべき受動債権の充当の順序は、保全されない債権から先にすべきであって、被保全債権から先に充当することはその被保全債権の選択が特に債務者の利益に反し不当であるような場合を除き、許されないと解すべきである。けだし、このような場合に債務者が受動債権を任意に指定して被保全債権から先に相殺することもできると解するならば、特に債務者の有する債権が手形債権のように手形債務者が現在の所持人を知り得ないような場合は、債権者としては、債権を保全しようとする場合に相殺により対抗されない債権を特定することができず、無益かつ過大な保全手続をとることを強いられる結果になり、このようなことは公平を欠くからである。またこのような場合に法定充当の順序によるべきものとすることも、右と同様の理由により相当でない。

(三)  したがって本件において前記のような事実によれば被告ら主張の相殺は、原告の本訴請求にかかる手形債権に充当してこれを消滅させることは許されないと解すべきである。

四  よって被告らの抗弁は理由がなく、前記争いのない請求原因事実によれば原告の被告らに対する本訴請求はいずれも正当であるからこれを認容し、民訴法八九条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 白石悦穂)

<以下省略>

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